日本のICTよもやま話

海外ではICTっていう言葉はよく使うのかな…,ふと思い,「海外 ICT」で検索したら次の記事がありました。

日本は世界の「底辺国」!?――学校でのICT機器活用を親と専門家の目線から考えるディスカッションイベント
「これでよいのか、学校でのICT活用~社会に出て必要な資質・能力とICT活用~」が、2018年1月27日に、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(東京・六本木)にて開催された。主催したのは日本教育情報化振興会の教育ICT課題対策部会で、メインの討論メンバー10名を50名ほどのオブザーバー参加者が取り囲むディスカッションイベント。討論者・参加者それぞれが「専門家として」「社会人として」「親として」の様々な視点で発言をする、とてもオープンな意見交換の場となった。

という記事です。

いろいろお話をさせて頂いたりしている砂岡克也さんが座長を務められていたということで,思ったことをいくつか書いてみたいと思います。

「社会人の仕事現場でICT機器が既に当たり前に使われ、“ごくありふれた役立つツール”となっている」
では,大学生あたりでギャップがあります。

授業で,ルートの計算をしなさいと言っても,スマホに電卓があることも知らない学生がいます。
というか,あるのは知ってるけど使ったことがない,という学生もいます。

実は関数電卓(iphoneはアプリを入れなくても標準だったと思いますが)など,ましてや知りません。
「分からないときには,すぐググりなさい!」と言ってようやくやるような感じです。

私なんかはすぐググってしまいますけど…。

大学生レベルだと,道具としてのその辺の機能は,生活では使わないのかもしれません。
そう考えると,大学生なんかは,ガラケーのようにLINEさえあればいいんじゃないかと。

あとはせいぜい,大学からの連絡を受信するためのメール。
今は昔のポケベルレベルの機能で十分です(笑)。

そういう意味で学びのツールにはなっていませんね。
個人所有による格差は別としても。

先生が,ツールとして勉強に使ってみようという発想そのものがありませんね。
まだガラケーの人も大勢いるし。

ちなみに私がよく使うのは,googleはもちろんですが,過去の研究のノートをPDF化していつでも見れるようにしています。
あとは,語学のアプリですね。
イタリア語,ドイツ語の勉強ではかなり使えます。

保護者からの求める声がない,というのもありましたね。
でも,電車の中のサラリーマンは,9割以上が「ゲーム」です。

ニュースを見ている人なんか,ほとんどいません。
たまに電子書籍を読んでいる人がいるぐらいです。

このへんは,やはりマンガ王国の日本。
欧米の電車中とはだいぶ違います。

砂岡さんの「社会一般にICT活用を進めようという空気感が醸成できていない」というところが核心かなあ,と思います。

同じ現象は,キャッシュレス化の議論も同じように見えます。
ポイントをつけるとかどうかとか,そういう議論が先行しているように見えます。

まずは,シンプルに使いたいんですよね。
デンマークのコペンハーゲンに行ったときは,1週間滞在して,とうとう1度も現金を使いませんでした。

全部カード,しかも最近つき始めている,VISA PayWave。
1度もサインもしませんでした。
端末にカードをかざすだけ。
チョーべんり! でしたね。

学校で親とのやり取りにメールを使わず,プリントや連絡帳なのは,一番の理由は「親からの無制限なメール」を恐れてのことだと思います。
あとは,何か問題があったときにメールだと言葉のやり取りで,もめることが多いです。

どうもこの辺が,先生というよりも保護者からの持ち込みに対応しきれない,24時間体制になってしまう恐れがあります。
この辺は先生というよりも親の使い方が課題となる所です。

学校の宿題がIT化できないのは,どこまで行っても児童,生徒が自力でやっているかどうかを先生が確認できないから,に尽きると思います。

ですから,私が大学で学生に課題やレポートを出すのは,どうやってもコピペできないような内容です。
つまりネット上にそういった情報がないような課題です。

ですから,ITによる課題は,オリジナルにならざるを得ないような課題にすべきで,そうなれば必然的に課題はもちろん,学習内容,学習方法の転換が求められるでしょう。
しかし,残念ながらそのスピード感は学校にはありません。

最後のまとめですが,学校がガラパゴス化していく1つの理由は,日本の学校教育の場合,学習指導要領,ひいては教科書使用の縛りが強すぎるからだと思います。

これが欧米並みに,州や地域で教育内容や教科書を先生が選べたりすれば,ガラッと変わってくるはずです。

日本のように指導内容も教科書も全て決められている国は他にはないのでしょう。

イタリアなんかは,新年度になって新しい先生が決まらないと教科書を買えません。
学年でも使う教科書が違うからです。

そこが,欧米並みにならない限りは,私は日本の教育が欧米とか他を並べることはほとんどできないと思います。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です