教科教育が廃る

先週,久しぶりに行った山形大学小白川キャンパスの図書館。

ある文献を探しに行ったついでに,数学教育に関する本を何冊か借りてきました。

かつて,数学教育の本は旧7号館に数学教育図書室というのがあり,学会誌や貴重な文献がたくさんありました。学部生は制限がありましたが,内地留学生の時は自由に出入りができました。

現在,その図書室はなく,蔵書は古いものは処分され他は中央図書館に収蔵されています。
まあ,当事者しか分からないのかもしれませんが,研究の仕事に就いた現在では,「なんともったいないことをしてくれたものだ…」とあきれるばかりです。

今思えば,とても貴重な資料が一カ所に集約されていたわけです。本当に何てことをしてくれた…,と思うばかりです。目先のことを削っては研究は成就しない例です。山形大学は,そういったところがダメです。

さて,本題。

この2冊の本。右は1992年,左は2002年発行の本です。
数学教育では,数学自体がはやりとか廃りがないため,他教科に比べて昔の教材でも現代で十分使えるというものがたくさんあります。

これらの文献も20年,30年近く前の本ですが,よく読み返すと,現代のSTEM教育で十分に使えるどころか,最先端!だったりする実践がたくさんあります。

途中で読んでいたら,数ヶ月前に査読をした人がある章を執筆されていました。縁とは本当に不思議なものです。

偶然に忘れ去られようとしていた図書館の奥深くから借りてきた本が,息を吹き返そうとする予感がします。

しかし,昨今の教育現場はどうでしょうか。

学校の先生は数え切れない超過勤務の余波を受けて,もう手一杯です。
それはtwitterをはじめ多くのSNSで知られることになりました。

午後6時以降は留守番電話で保護者からのクレーム,土日の部活動問題などなど…。

確かに生徒指導も大事ですが,学校の先生は「しっかりと授業をやること」が一丁目一番地! ではないでしょうか。

小学校,中学校も,それぞれ自分が担当する教科をしっかりと教え授業をする。

これが学校の先生の本分だと思います。

しかし,残念ながらそれができない現状があります。

そのうち,教科教育の重要性がだんだん失われていく気がします。


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