仕事柄,校長先生と話す機会が非常に多くなりました。
教育実習でお世話になっている学校に「巡回指導」という名目で伺わせて頂いています。
多くは,教育実習生の様子を聞くのが主で,学生が行う研究授業を参観し,その後事後指導などにも一緒に加わってきます。
最後は担任の先生や校長先生などに,どうぞ最後までよろしくお願いしますと,お願いをしてきます。
で,時間きっかりには行けず,少し早めに行きます。
そうすると,校長室に通され,しばし校長先生と歓談ということになります。
数年前に伺った学校で,見上げた校長先生だなあ,と思ったことがあります。
校長先生は専門は中学の社会科。
各学年3クラスで,20人以上教諭がいる中で,半分以上が30才以下,学年主任が40代,50代で後はみんな30代以下という「超若い学校」でした。
で,校長先生は,長く社会科教育学会に会員として活動されていたとのこと。
まず,そこに私は感服しました。
自分の専門の学会に所属している中高の先生は,あまり多くいません。
私も27才から数学教育学会に所属していますが,数学でも多くはいません。
学会はほとんどが大学教員です。
校長になっても,学会で活動や研究をされているとのこと。
そうそういません。そういう校長先生。
次の話。
ある日の日曜日,校長先生は数人を連れて1日,小学生と一緒に行くような地域探検に出かけた話をして下さいました。
でも,つれていた人は「学校の若手教員」だったそうです。
私は,小学校教員時代も,総合的な時間でかなり一生懸命やってきました。
そして,大学に来てもそのために「総合的な学習の時間の指導法」という授業を担当しています。
校長先生がされるお話を聞きながら,私は若い先生方に説明をする校長先生の姿がありありと浮かびました。
小学校の先生が地域のことをよく知ることは,生活科や総合的な学習の時間を指導する際には必須のことです。
しかし,現場の先生が,放課後に地域を散策したりという教材研究の時間は,よほど意識的に取らないとできるものではありません。
勤務時間中に校舎外に出るということ自体が非常に珍しいです。
そういった状況をよく捉え,地域を実際に足で歩いて見聞きする重要性を熟知した校長先生が,若手の先生を連れて出られたのだと思います。
「教材研究の基本を体で伝えた」すばらしい校長先生ではないかと思います。
以前私が一緒に勤めた学校で,授業がものすごくうまい教頭先生(現在は校長)がいました。
ある日の理科の授業の板書。
あえて消さずに残しておいて下さった黒板。私たち若手は写真を撮った覚えがあります。
このように,管理職となったから「あとは口だけ」ではなく,実際に教材研究の何たるかを示したり,実際の授業の板書など,手本となるものをしっかり示せる管理職には,「現代の若手」は俄然ついて行きます。
これは,前のブログで書いた「意味づけ」がしっかり若手に伝わる1つのよい事例です。
「現役教師」の顔と「管理職として」の顔を両方持てる管理職を若手は「リスペクト」するのです。
(あえて若者言葉を使ってみました(笑))
例外はどこにもいます。阿保が多い学校の先生のなれの果ての校長にも。
さて、私の身近の優れた校長先生は中高一貫、有名大学の付属校の先代の校長先生。彼は毎朝、登校時間の1時間前から1時間後まで正門に立っていました。一人一人に声を掛けながら。2年ほど前校長が変わり、運動部の顧問のような先生が立っているようになりました。遅刻は同じようにほとんどなかったのですが、商店街の経営者は学生が劣化したと言っていました。階段の仕草などで私も感じていたことです。
優れた人は得意な麻雀でも、また論語が好きなら論語でも、念仏でも何でも手段は構いません。その人の人格ゆえに生徒がついてくる。
日本人は劣化した。理由やそう考える理由は止めておきます。人は自分の殻で物事を理解する。その傾向が強いの人が先生になっている。
教育基本法は個の教育。先生の好みや学校の好みの教育を否定している。でも、戦後70年、経済の進歩とともに個が否定され、良い手法が強要されている。アルマーニなどその最たるもの。苛めの原因もそこにある。個ですよ。教育も人も。
求る所第一義。随時随所楽しまざる無し。これだけで良いのです。
コメントありがとうございます。
自分の背中を見て,育ってくれる生徒や学生がいたらうれしいです。でも「背中に何かをにじみ出させる」にはそれ相応の時間や努力も必要であるように思います。 ありがとうございました。