なぜか百マス計算は叩かれる

確かに学力は計算がすべてではないが、基礎であることに疑いはないのではないか、と思う。「計算は電卓ですればよいわけだから、それほど計算にのめり込む必要はない」という論調があるが、私はいくつかの意味で賛成できない。

まず、いつも電卓を持っている訳にはいかないわけだから、それは分かると思うが、社会人となって細かい計算がすべて不要になるかというと、実はそうではない。 私は珠算を小学3年から高校1年まで習っていた。そして今、自分の娘の計算力のなさを見ると「鉄は熱いうちに打て」の諺の通り、修得するのに適切な時期があると思う。計算力は大人になってからではつかないし、つけようとする時間もない。計算力は学力の基礎と言ってもよいのではないだろうか。それが百マス計算というとなぜ叩かれるのか、私はちょっと理解ができない。 百マス計算は結構、色々な人に叩かれている。いわゆる反対派である。計算の習熟は必要だが、なぜか百マス計算は叩かれる。なぜなのだろうか。
私は現場の教師の取り組ませ方のまずさが原因だろうと思っている。
百マス計算は縦と横にランダムな1桁の数字があり縦と横の計算を行う。よって足し算、引き算、かけ算九九がある。 最近驚いたのはNHKで、ある教育評論家がこういうわけで百マス計算はだめだという実例を示していた。 それは、まず左の数字の1の段から始めて、次に2の段を1の段に1足した数を機械的に書いている、それを繰り返しているだけなので、だから百マス計算は意味がないというのだという。
私は正直にいうと、そんなことをまともにまことしやかに語っている、この評論家の底の浅さにも驚いたが、この例のようにやっている教師がいるとしたら、これも全く驚くばかりである。・・・・続く。


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