「反転授業」について考える

Q.「反転授業」は全く新しい学習方法か?

A.まったくそんなことはない。

予習に重点を置く,という意味ではこれまでも行われてきた学習スタイル。予習となる学習の動画を,生徒が自宅で簡単に見ることができる,ということ。やろうと思えば,CDやDVDに動画をコピーして生徒に配れば同じことはできる。要は配信技術とタブレットPCの発達で簡単になっただけ。

Q.「反転授業」をどう見るか?

A.これまでの「教育~」と名がつくものは検証がない。本当に役立つのか役に立たないのか,効果があるのかないのかが,誰から見てもそうだと明確に結論づけられた研究がない。

「教育の結果は測定しにくい」という隠れ蓑の陰で検証を行わない,「こんなことをやってみました」という実践型が多い。発祥のアメリカでは,教室とはいえ少人数で個別に学習が行われることが多い。できる生徒をより伸ばし、できない生徒をできるようにする、という指導を同じ教室の中で行おうというアイディアは,アメリカのそういった個別主義的な土壌があるからこそフィットする。日本のように一斉学習型の授業スタイルの中では,自ずとやり方もノウハウも異なってくることが当然だ。またアメリカでは,そういった個別的な学習の必要性から始まった学習方法であるのに対して,日本はそうではない。「端末ありき」のスタートだ。趣旨も経緯も全く違う。でも日本ではこういう導入のされ方が多い。これで一番喜ぶのは,e-learningやビデオ・オン・デマンドなどに携わってきた業界だろう。技術的な部分はこれまでとさほど変わらず学習過程での映像の位置づけが変わっただけだ。新しい言葉で教育関係者が飛びつくから,またこれで「飯が食える」状態になる。

Q.「反転授業」の本質は何か?

EducationEXPOに行ってみての感想だが,「反転授業」を謳って様々なセールスをしている業界関係者で,反転授業の本質を理解している人は少ない。ハードを商品としている人は特にそうだ。

A.これまでの学習過程で問題点は2つある。1つは,授業形態が「講義中心」「教師の話が中心」ということだ。

これは大学や大学予備校,高校などがこれに属する。概念的理解をするために教師が説明するわけだが,これに割かれる時間が長すぎる。説明を聞くだけなら自宅でもできるだろうという考え方と,タブレットPCの普及と動画配信技術の発達により,動画が簡単に自宅で見ることができるようになった,ということがうまくマッチしたということだ。2つめは,これまでの学習過程で「予習」の重要性が軽視されてきて,ここで改めて見直されたということである。学習心理学の理論,学習の転移から言えば,学習者がどのような既有知識があり,それが後続の学習にどのように転移し影響を及ぼすかが重要だ。これまでの学習で予習の重要性が軽視されてきたわけで,予習に目を向けることは何も目新しいことでも何でもない。

Q.「反転授業」が成立する可能性は?

A.この授業スタイルが成立するにはいくつかの条件がある。タブレットPCなどを介さない,いわゆる普通のノートと鉛筆を使うような地道な学習を,家庭でもしっかりやれるようであればある程度成功するだろう。勉強嫌いの人がタブレットを使ったからといって,その目新しさで学習を続けるとすれば,やがてはその学習意欲も落ちる。小学生などがいい例だ。自宅で学習する動画は5~8分が多いようだが,動画を視聴することによる学習効果を検討する必要があるだろう。つまり動画を見ることで,何が分かって何が分からないままで次の日学校で学習しなければならないかが分かるようでなければならない。これは大人は可能であろうが,小学生がこの認識ができるかどうかは,特に低位の児童は難しいだろう。いわゆる「メタ認知」が必要であるということだが,メタ認知を有効に働かせるには継続的な訓練が必要である。最終的には「学力」ではなく「学習能力」が重要だ。

Q.何が一番重要なことか?

A.たゆまぬ検証と トライ&エラー。

「反転授業」を行うことで学習習慣がつくのか,それとも学習習慣をつけてから「反転授業」を行えばよいのかは,一言で言えば,時間的にも並行して向上するのが理想的だろう。

Q.最後に一言?

A.「反転授業」などという仰々しく大げさな言い方はやめにしよう。

反転授業の本質は「従来型の授業に比べて,自宅での予習にウェイトを置いた授業」である。しかもこれまで海外から輸入した学習方法で,現在もうまく行われていてなおかつ学校現場でも浸透しているとまで言えるものは数少ない。つまり日本には日本にあった学習方法が必要である。そういう点で反転授業の先駆けと言われている,宮城県の佐藤靖泰教諭が掲げる伝統的な学び合い・教え合いを組み合わせた日本的な反転授業というコンセプトは理解できる。平日の授業の質をいかに上げるかということをよくも考えずに,「土曜日授業」のように簡単にやれることを優先してしまう,何でも目新しいことにすぐに飛びついてしまうという風潮はなくしたいものだ。それに振り回され迷惑するのは児童生徒の方なのだから。


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